写経

写経02

臓器でも切り取られて売られてしまうのではなかろうか。そんな不安がよぎったので、少しでも怪しい所に入ろうものならヘルプと叫びながら逃げ出す所存だった。
それにしても、殺されて臓器を売られるのも一応は『人身売買』と言うのだろうか。
くだらない事を考えているうちに、大通りの一角にあるバーに案内された。
看板には蜂の巣の絵の中にアルファベットが並んでいたが、読めなかったので便宜上『蜂の巣の店』と呼ぶ事にする。
店内に入ると、蜂蜜の甘い匂いがした。外観に比べて内部はかなり広く見える。バーというよりも、高級レストランといった方がしっくりくるかもしれない。
ぼったくるつもりじゃ無いだろうな。そう思って周囲を見回すと、、確かにカタギに見えないような男達の姿もあったが、老人や子供連れ、カップルなどの姿が見えたので取り合えず安心する。
男は店の奥に行って、別の男に何やら話しかけている。相手は黙って頷くと、荷物も持たずに店を後にした。ついでに言うなら勘定も払っていない。
「ああ、彼に事情を話しまして………今、取り返しに行ってもらいましたから。いや、あの小僧どもはこの辺じゃ顔が知られていますからね……すぐに見つかると思いますよ」
グルのくせして白々しい。無論、口には出さなかったが。
「まあ、待っている間に何かお話しでもしましょうか」
そうは言われたものの、何を話せばいいのか解らなかった。私は、とりあえずその達者な日本語の理由について聞いてみた。
「ああ………組織の上の人に日本人がいまして……矢車さんって言うんですけどね、その人に色々教えてもらったんですよ。まあ、現代口調は映画や日本のコミックで学んだような感じですけど」
組織。やはりマフィアかなんかだろうか。ここまでくればマフィアでもなんでもいいやとヤケになっていたので、率直に聞いてみる事にした。
「いや……マフィアじゃありませんよ。一般には同一視されていますが……『カモッラ』って言うんですけどね、解りますか?」
聞いた事が無い単語だった。
「イタリアのシチリアを発祥とするのが『マフィア』…もともと農村部の武装警備隊…まあ、自警団のようなものが元になっている組織です。『カモッラ』は、同じイタリアでもナポリの出です。刑務所の中で生まれた組織と言われていますが、はっきりとした事は私にも解りません」
刑務所が発祥の地とは。それだけ聞くと、カモッラとやらはマフィアより性質が悪そうに聞こえるが、それは心の中にしまっておいた。

『バッカーノ! エピローグ…1より』